モラハラにならないための心得|モラ語を観察していて気づいたこと

ひとやすみ

このサイトでは
実際に投げかけられたモラハラ用語を、
私なりに観察して整理をしています。

あまりにも理解できない言葉を投げかけられるので、
その都度テキストとして残しておいて、
あとから冷静に振り返るために記録していた言葉たちです。

そんな言葉たちを観察しているうちに、
モラのクセや会話のパターンが
少しずつ見えるようになってきました。

そして、私はあることに気づいたんです。

それは

自分もモラ語を話しそうになっている現実

です。

今日はそのことについて
少し書き残しておこうと思います。

モラは「問題」から「人格」に話をすり替える

モラ語を観察していると
よくある構造があります。

それは

出来事の話が、人格の話に変わること。

これまで記事にしてきた

普通はこうだろ

とか

みんな我慢してる

などは、分かりやすい例です。

こういった言葉は

出来事の話

人格や価値の話

に、話をすり替えていきます。

実は、そんな構造の話を
「私自身」がしかけてしまいそうになったことがあります。

その出来事がきっかけで、

あああ…気づかない内に、私もモラサイドに片足入れそうになってる!!

と気づきました。

きっかけになった出来事

これは、ある日の我が家の出来事です。

我が家では、可燃ごみの散歩担当はモラです。

”ごみの散歩”という名言については、ぜひ検索してみてください。

しかし、毎回ごみ箱の蓋が、
横に置いたままなんです。

これまで何度も指摘はしてきましたが、
もちろん改善などされません。

ある日、子どもが

「どうしてパパは蓋をちゃんとつけないの?」

と言ったことをきっかけに、
もう一度モラにごみ箱の蓋について伝えることにしました。

こういう時、本来の話は

ゴミ箱の蓋の話です。

だから本来言うべきことは

ごみ箱の蓋、閉めてほしい

これだけです。

でも、ついこう言いたくなることがあります。

こんな簡単なこともできないの?

これ、実はとても危険です。

なぜなら

ゴミ箱の蓋の問題

相手の能力の問題

に、話をすり替えているからです。

つまり

出来事の話が、人格の話になっている。

これは、私たちが日々くらって

くっそー!!!

と思っているモラハラ用語=モラ語と、同じ構造なんです。

私が持っているのは「盾」

モラ語を聞くと、私は

今日も見えない味方を連れてきたわぁ

と心の中で思ったりしています。

私は、相手を見下して自分を保つためではありません。

私は

自分の価値観や感情を守りたい

と思っています。

モラ語を真に受けると、
必要以上にダメージを受けてしまうからです。

だから私は、盾を持つことにしたんです。

私は矛は持たない

でも、私は矛は持ちません。

私はもうモラに

改善も
謝罪も
感謝も

なにも求めていないんです。

話し合って何かを改善していく気力は
とっくに失せてます。

なので、盾のみで十分なんです。

毒されないように振り返る

でも正直に言うと

モラと関わっていると、
つい同じような言い方をしてしまいそうになる瞬間があります。

あまりにもモラハラを受けすぎて、感覚が麻痺してるのかもしれません、

なので、時々あえて意識をして

自分は相手を見下した言動をしていないか

を振り返ることにしています。

モラは「ぐぬぬ」をエネルギーにする

モラの人は、相手が

「ぐぬぬ…」

と思う瞬間が好きです。

言い返せなくなったり
悔しそうな顔をしたりすると
それだけで満足します。

なのでモラは

俺すげー

という構図を作りたがります。

相手を下げることで
自分の価値を上げようとする。

それがモラのよくあるパターンです。

それと同じことをしないこと。

それが大切だと、私は思います。

まとめ

普段言い負かされてばかりだと、

「いつか言い返してやろう」
「こっちも言い負かしてやろう」

と思ってしまうのは、
正直仕方のないことだと思います。

でもそこで、
あからさまに相手を見下した言動をしてしまっては、

それはもう
モラと同じ土俵です。

私は、モラハラを受ける苦しみを知っています。

だからこそ、

私はモラハラをする側にはなりたくない。

その気持ちを忘れないためにも、
このことを記事に残しておこうと思いました。

モラに勝つことよりも、もっと大事なもの

見失わないでいたいです。